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大人気中華BL小説「死亡万華鏡」
邦訳版第1巻の第三章までを無料公開!
(第一章はこちら)

2026年02月10日

(火)

お知らせ


2018年1月に中国の晋江文学城で連載開始後、多言語で翻訳出版され世界中にファンを持つ異世界サスペンスBL小説「死亡万華鏡」(しぼうまんげきょう)(原題:死亡万花筒)。その邦訳版の第1巻が、2026年2月14日(土)頃に発売予定!

発売に先がけて、第三章までを無料公開いたします!
※こちらのページでは第一章までご覧いただけます。第二章・第三章は別ページよりご覧ください。
※読み仮名はこちらのページ上では()内に記載していますが、実際の書籍ではルビが入ります。

邦訳版では、本編に加えて作者コメント・小劇場も収録予定。現在、通常版と特典付き特装版の予約を受け付けています。
なお、本作を実写ドラマ化した「致命遊戯」Blu-rayもただいま好評予約受付中です。ドラマとともに、ぜひ小説でも作品世界をお楽しみください!

▼第二章・第三章はこちら
https://asiall.jp/s/lineup/news/detail/10011

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雪村
第一章 初めて扉の中へ
 そこは、幾重にも生い茂る木々に隠された山中の小さな村だった。
 村に通じるのは狭い一本道だけ。その道も雨が降ったばかりでぬかるんでいて、歩くのに細心の注意を払わなければならない。
 林秋石(リンチウシー)は長身の女性とその一本道を歩いていた。女性は異国の血を引いているのかのように目が大きく、彫りの深い顔立ちをしている。とても美しく、背丈も林秋石(リンチウシー)より少し高い。場違いなロングスカート姿で目にあふれんばかりの涙をため、静かに嗚咽(おえつ)を漏らしながら小声で言う。
「ここは一体どこ?」
 林秋石(リンチウシー)が問い返す。
「君はどこにいたんだ?」
「家のトイレ」
「僕は家の廊下だ」
「廊下……?」
 林秋石(リンチウシー)はどんよりとした空を見上げると、また聞く。
「扉を開けなかったか?」
 女性は何かを思い出したように、微妙に表情を変え、その質問に答えた。
「開けたわ」
 すると、林秋石(リンチウシー)は女性のほうを振り返る。
「僕もだ」
 一陣の風が吹き抜け、梢(こずえ)の葉がさざめいた。それが周囲のひっそりとした雰囲気を一層際立たせると、空からにわかに小雪が舞い始める。まるで、日が暮れる前に森の奥の村に辿りつけと急かすかのようだ。
 二人で会話を交わすうちに、林秋石(リンチウシー)は女性が阮白潔(ルアンバイジエ)という名前であることを知る。
 その名前を聞いた瞬間、林秋石(リンチウシー)はわずかに固まったものの、取り繕うようにひと言褒めた。
「素敵な名前だね」
 しかし、阮白潔(ルアンバイジエ)は潤んだ瞳で林秋石(リンチウシー)を睨みつけて言う。
「男って、みんな嘘つきなのね」
「え?」
「私が〔1〕エッチな小説を知らないとでも?」
〔1〕「白潔(バイジエ)」は中国の有名な官能小説の主人公の名前
「……」
 どうやらこの女性は、林秋石(リンチウシー)が想像していたほどか弱くはなさそうだ。
 村に向かって歩きながら、二人は情報交換をして、どちらも扉を開けたことで、突然、この辺鄙(へんぴ)なところに放り出されたことが分かった。
 阮白潔(ルアンバイジエ)が開けたのは自宅のトイレの扉、林秋石(リンチウシー)は自宅の廊下にあった扉だ。
「黒い鉄の扉だったわ。飾りっけも何もなく、その時はどうして急にこんな扉が家にできたのか、一瞬不思議に思ったけど、あんまり深く考えずに開けちゃって……」
 か細い声で阮白潔(ルアンバイジエ)が話す。
 扉を開けた次の瞬間、この人里離れた場所にいたという。
「僕が開けたのも黒い鉄の扉で……」
 言いかけたその時、前方の小道にぼんやりと人影が見えた。大柄な男性のようだ。
「前のお兄さーん!!!」
 林秋石(リンチウシー)は遠くから呼びかける。
 すると、男性の足が止まった。どうやら聞こえたようだ。
 林秋石(リンチウシー)は急いで駆け寄ると、手を伸ばして男の肩をポンと叩いて聞いた。
「すみません。ここがどこだかご存知ですか?」
 男は振り向いて、ひげだらけの顔を見せた。長身でがっしりとした体つきは、一見するとまるで熊のようだ。
 その熊が口を開く。
「お前、新入りか?」
「新入りって何のことです……?」
 林秋石(リンチウシー)がそう言うと、男は何も言わず彼を一瞥し、そしてその後ろで少し怯えた様子の阮白潔(ルアンバイジエ)に目をやった。
「行くか、村に着いたら説明する」
 林秋石(リンチウシー)は「分かりました」と答え、三人は一緒に村へと歩き始めた。
 季節は冬のようだ。日の入りがやけに早い。ここに来た直後には、夕日がまだ空にかかっていたのに、瞬く間に黒い雲とひらひら舞い落ちる雪だけになっている。
 林秋石(リンチウシー)は男と話しながら、周囲を観察した。ここには村以外に明かりがなく、周囲はどこまでも続く森に囲まれている。道もなければ、人の気配もない。
 林秋石(リンチウシー)はポケットから煙草を取り出して男に差し出したが、男は手を振って断った。
 そこで、林秋石(リンチウシー)は尋ねる。
「お兄さん、ここはどこなんですか?」
「俺のことは熊漆(ションチー)と呼べばいい」
 ──まさに名前どおりの人だな。
 林秋石(リンチウシー)はそう胸の内でつぶやきながら、もう一度問いかけようとした。だが熊漆(ションチー)は手で制するような仕草を見せる。
「これ以上は何も聞くな。村に着けば分かる」
「あ、はい」
 それきり三人は言葉を交わすことなく、ただ黙々と歩を進めた。日がすっかり沈みきる寸前、ようやく村の手前にある細い道へと辿りつく。
 熊漆(ションチー)は見るからにほっとした様子で、背後の暗闇に目をやる。
「間に合ってよかった。行こう、まずは彼らと合流だ」
「新入り」「彼ら」。
 ここに来た時から嫌な予感がしていた林秋石(リンチウシー)は、これらのキーワードに引っかかりを感じる。そして、今、この瞬間、その嫌な予感がますます強くなった。一方の阮白潔(ルアンバイジエ)も何かを感じ取ったようで、泣くのをやめたものの、その美しい顔が真っ青になり、目は恐怖に満ちている。
 熊漆(ションチー)はそのまま先へと進み、二人を村の端にある三階建ての小さな建物に案内した。
 玄関先でドアをノックすると、中から少女の声が聞こえてくる。
「はーい」
「俺だ、熊漆(ションチー)」
「熊(ション)兄さんね、入って。待ってたわ」
 熊漆(ションチー)が手を伸ばしてドアを押すと、ギィッという軽いきしみ音とともに玄関が開いた。玄関から見えるのは広々としたリビングルームで、そこには八、九人ほどが座っている。彼らは激しく燃え盛る火を囲みながら、何かを話し合っているようだ。
「新入りか?」
 熊漆(ションチー)の後ろにいる林秋石(リンチウシー)と阮白潔(ルアンバイジエ)に気づいた誰かが聞いた。
「ああ」
 熊漆(ションチー)はゆっくりと部屋に入り、適当に席を見つけて腰を下ろす。
「お前たちも座りな。小柯(シャオカー)、こいつらに説明してやってくれ」
 小柯(シャオカー)は玄関で熊漆(ションチー)に応(こた)えた少女だった。見たところせいぜい十五、十六歳くらいで、美しく品のある顔立ちをしている。
「あなたたちもかけて。簡単に状況を説明するから」
 林秋石(リンチウシー)と阮白潔(ルアンバイジエ)は顔を見合わせると、ドアの近くに腰を下ろした。
「まあ、特に言うほどのことはないんだけど」
 小柯(シャオカー)の言い方はぶっきらぼうだ。
「私たちはしばらく村に滞在しなきゃいけないの。いくつか問題があって、それを解決すれば出られるってわけ」
「どんな問題?」
 林秋石(リンチウシー)にそう聞かれた小柯(シャオカー)は、話を続ける。
「今のところは分からない。明日、村長のところに行かないと……ところで、あなたたちのうち、唯物主義者はいる?」
 林秋石(リンチウシー)が手を挙げた。
「僕だ」
「じゃあ、その信念を少し変えてもらわないとね」
「……どういう意味?」
「つまり、ここでは超自然的な出来事が起こるってこと」
「……」
 ともかく林秋石(リンチウシー)と阮白潔(ルアンバイジエ)の二人の新入りに対する周りの反応は随分(ずいぶん)冷ややかなもので、小柯(シャオカー)以外、誰も話しかけてこない。
 中に入る前、林秋石(リンチウシー)は彼らが何かを話し合っているのだと思ったが、しばらく座っていると、実際には話し合いなどしていないことに気づく。数人がリビングに静かに座り、目の前の炎をぼんやりと見つめているか、スマートフォンでゲームをしているだけだ。
 ここは携帯電話の電波が届かず、外界との連絡はできないが、シングルプレイのゲームならできる。
 林秋石(リンチウシー)がざっと数えると、部屋にいたのは彼を入れて十三人、男性九人に女性四人だった。見た目から判断するに、大半が若く、最年長でも四十歳は超えていないといったところだ。
 焚き火の薪(まき)がパチパチと音を立てている。阮白潔(ルアンバイジエ)はしばらく座っているうちに少し眠くなったようだ。周りを見渡して誰も席を立ちそうにないのを見ると、小声で尋ねた。
「あの……すみません、寝られる部屋はありますか? ちょっと眠くなってきて」
 林秋石(リンチウシー)の思い過ごしかもしれないが、阮白潔(ルアンバイジエ)がこの言葉を発した瞬間、場の空気が凍りついたような気がした。
「いいだろう、休む時間だし」
 熊漆(ションチー)が立ち上がる。
「さもないと、結局リビングで寝てしまうことになるからな。部屋を割り振ろう」
 そう言うと林秋石(リンチウシー)のほうを見て、話を継ぐ。
「お前はこの子と一緒の部屋だ。夜はちょっと気をつけてくれ。勝手に出歩かないようにな……」
「この人と同室なんですか? でも……」
 阮白潔(ルアンバイジエ)が不安がっていると、熊漆(ションチー)はため息をついた。
「男女一緒じゃ嫌だってか? 最初の夜を乗り越えれば分かるが、ここではそんなこと構ってられん。命もかかってるんだから」
 阮白潔(ルアンバイジエ)はまだ何か言いたげだったが、周りの微妙な雰囲気に、仕方なく林秋石(リンチウシー)と同じ部屋に泊まることに同意する。
 不安そうな阮白潔(ルアンバイジエ)の様子を見て、林秋石(リンチウシー)は安心させようと彼女に声をかけた。
「心配しないで、何もしないから」
 阮白潔(ルアンバイジエ)は軽く頷(うなず)く。
 三階建ての建物には全部で九部屋あるが、みんなの様子を見ていると、どうも一人で部屋を使おうとする者はいないようだ。少なくとも二人一部屋で、三人一部屋というのもあった。
「じゃあな、また明日」
 熊漆(ションチー)の声で、みんなが散り散りに分かれる。リビングを出ようとしたその時、小柯(シャオカー)が不意に林秋石(リンチウシー)のそばに歩み寄り、そっとささやいた。
「他人を信じちゃダメよ。今回を生き抜くことができれば……」
 林秋石(リンチウシー)が質問しようとすると、小柯(シャオカー)は足早に立ち去った。それ以上、彼と話すつもりはないと言わんばかりに。
「行こう」
 阮白潔(ルアンバイジエ)が言う。
「もう寝ましょう」
 林秋石(リンチウシー)は頷いた。
 彼らの部屋は二階の廊下の右側だった。部屋にはベッドが一つあるだけで、その横に人物画が掛けられている。
 ここは電気が通っておらず、灯油ランプが灯(とも)されているだけ。それもあまり明るくないので部屋全体が古びた色調に包まれ、カビ臭さが漂っている。
 林秋石(リンチウシー)は、この環境に阮白潔(ルアンバイジエ)が文句の一つでも言うのかと思ったが、実際には自分よりも早く順応し、さっさと洗面をすませて、すぐさまベッドに横になる姿を目にすることになった。
 不意をつかれた林秋石(リンチウシー)はベッドの端に座って、若干ぎこちなさそうにしている。
「寝なさいよ」
 布団を頭までかぶった阮白潔(ルアンバイジエ)が、少しくぐもった声で続ける。
「疲れてないの?」
「少し疲れてる」
「そうよね、今日は一日中、奇妙なことばっかりだったもの。私、あなたたちがどこかの番組に雇われたドッキリの仕掛け人なんじゃないかと疑ってたんだけど、さすがにこんな手の込んだドッキリはないかなって……」
 林秋石(リンチウシー)は上着を脱いで布団に潜り込むとこう言った。
「確かに奇妙だよな」
 同じベッドで寝るものの、疑われないよう、二人は別々の掛け布団を使っている。
「それにあの人たち。目つき、見た?」 
「奴らは怯えてる」
「そう。あの人たちは怯えてる……じゃあ、何に怯えているのかしら?」
 林秋石(リンチウシー)はしばらく考え、何か言おうとしたその時、隣からスースーという息遣いが聞こえてきた。目を向けると、阮白潔(ルアンバイジエ)は既に深い眠りに落ちたようだ。
 話すのをやめた林秋石(リンチウシー)は天井を見上げながら薄暗い灯りの中で思いを巡らせた。正直、阮白潔(ルアンバイジエ)には敬服の念を抱いている。何しろ突然見知らぬ場所に放り込まれ、得体の知れない人たちに囲まれても、すぐに眠りにつくことができるのだから。
 しかし、そんなことを考えているうちに、林秋石(リンチウシー)も眠気に襲われ、目を閉じていたらそのまま眠ってしまった。
 真夜中、林秋石(リンチウシー)はふと目を覚ます。
 布団の中でじっとしていると、何かと何かがぶつかるような鈍い音が聞こえてきた。
 古びた窓に風が吹きつけて鳴るような音、はたまた誰かが裸足で床を歩き、その重みで床がきしむような音だ。
 林秋石(リンチウシー)が目を開けると、部屋の中がぼんやりとした暗闇に包まれている。
 外はいつの間にか雪がやんでいた。空高く昇っていた大きな月から冷たい光が放たれ、枕元に差し込むと薄いベールのように床に広がる。
 林秋石(リンチウシー)はゆっくりとベッドの端に視線を移すと、ハッと息をのんだ。
 なんと枕元に女の姿があったのだ。こちらに背を向けて座り、長い黒髪でそのシルエットを隠している。林秋石(リンチウシー)が目を覚ましたことに気づいたのか、女はゆっくりと振り向いた。
 ホラー映画さながらのこの光景に、林秋石(リンチウシー)はしばらく背筋を凍らせた。幸いにも度胸を持ち合わせていたので、歯を食いしばりながら、そのままベッドから起き上がって大声で叫ぶ。
「くそっ、誰だお前は! 何しに来た!」
 女の動きが一瞬止まると、声がした。
「何叫んでるの? 私よ」
 阮白潔(ルアンバイジエ)の声だった。安堵の息をついた林秋石(リンチウシー)は尋ねる。
「こんな夜中に寝もしないで、枕元に座って何してる?」
「ここの前にある井戸を見た? 庭のあれ」
「井戸? どの井戸のこと?」
 林秋石(リンチウシー)はそう言いながらベッドから起き上がろうとして、ふと自分の右側に目をやると、瞬く間に血が凍りそうになる──阮白潔(ルアンバイジエ)はまだ右側で眠っていて、全く動いた形跡がないではないか。
「あの井戸よ。一緒に見に行きましょう」
 阮白潔(ルアンバイジエ)と全く同じ声が発された。
「……」
「どうして黙ってるの?」
「先月、優秀党員幹部に選ばれたばかりだ」
「……」
「僕はガチガチの唯物主義者だ」
「……」
「だから、脅すなら他の人にしてくれないか?」
「……」
 女はゆっくりと林秋石(リンチウシー)のほうに目を向ける。月明かりの下、林秋石(リンチウシー)はその顔を見た。言葉では言い表せないような顔──青白く、それでいて腫れぼったく、今にも目玉が飛び出しそうな顔だった。姿かたちは見知らぬものなのに、声はあまりにも聞き覚えがある。
「私のこと、怖くないの?」
 しばし沈黙した林秋石(リンチウシー)は、布団に視線を落としながら答えた。
「勘弁してくれよ、こっちではズボン一枚しか持ってないんだ」
「……」
「これ以上脅すと、マジで漏らすぞ」
 林秋石(リンチウシー)は顔を拭きながらそう言い終えると、手を伸ばして隣にいる阮白潔(ルアンバイジエ)をトントンと叩き始めた。
「早く起きろ!!!」
 はたかれた阮白潔(ルアンバイジエ)は、寝ぼけまなこをこすりながら起きる。
「何よ」
 文句を言いながら目を開けると、やはり枕元に座っている女が視界に入った。
「この人誰? 林秋石(リンチウシー)、あなた夜中に寝もしないで、どこからこんな女を連れてきたの。ほんと最低。私のどこがこの女に負けるっていうの?」
「……」
 そこか??
 林秋石(リンチウシー)が閉口する中、阮白潔(ルアンバイジエ)はまだ小声で愚痴っていたが、ふと何かがおかしいと感じて、その美しい黒い瞳を大きく見開いた。
「女の首がどんどん長くなってる……」
 林秋石(リンチウシー)がもう一度見ると、その女性は既に枕元から立ち上がっていた。頭を片側に傾け、首がますます長くなって、まるで突然変異した蛇のようだ。
 この光景を目にした二人は呆気にとられていたが、ついに林秋石(リンチウシー)が耐えられなくなる。
「やばいぞ、早く逃げろ!」
 林秋石(リンチウシー)は叫びながら阮白潔(ルアンバイジエ)の手を摑み、扉に向かって全力疾走する。
 ところが、昼間とは打って変わり、か弱かった阮白潔(ルアンバイジエ)は林秋石(リンチウシー)よりも速く駆け抜け、風のように瞬く間に扉の外へと消えた。
「もっとゆっくり走れよ」
「ゆっくり走ったら死んじゃうでしょ」
「……」
  くぅ、女ってやつは。
 ウサギのように一階まで跳ね下りた二人は、あの女が追いかけてきていないことを確かめると、ようやく安堵の息をついた。阮白潔(ルアンバイジエ)ときたら泣く時は誰よりも激しく泣き、走る時は犬よりも速く走るのだ。林秋石(リンチウシー)がぜいぜいと息を切らしている頃には、阮白潔(ルアンバイジエ)はまた目に涙を浮かべて、もう一ラウンドの準備を整えた。
「泣くな、泣くな」
 林秋石(リンチウシー)は慰める。
「声を抑えないと、アイツがまた来たらどうする?」
「あなたってアイツのことばっかりよね。私のことなんて全然気にも留めてくれないんだから」
「……」
 林秋石(リンチウシー)があまりにも嫌そうな表情を浮かべたのだろう。阮白潔(ルアンバイジエ)はどうにか涙をこらえ、弱々しげに一階の椅子に腰掛けて潤んだ目尻をそっと拭(ぬぐ)った。
 この時二人が立っているのはがらんとした一階のリビングだった。さっきあれほどの大騒動があったのに、誰一人として様子を見に来る者はおらず、二人の荒い息遣いの他には何の音も聞こえない。
 林秋石(リンチウシー)はしばらくその場に立ち尽くすと、ためらいながら言う。
「これからどうする?」
 二人ともこのようなことは全く経験がないゆえ、木の杭(くい)のようにリビングに突っ立っているだけで、どうすればいいのか皆目(かいもく)見当がつかないのだ。
「外は雪が降ってきたわ」
 阮白潔(ルアンバイジエ)は不意にそう言うと、ゆっくりと扉の近くまで歩いていき、庭のほうを眺めた。
「夜中に雪か」
 林秋石(リンチウシー)も戸口に立ち、庭にうっすらと積もっている雪、そしてあの化け物女が言っていた井戸を目にする。確かに庭に井戸があるが、位置が少し風変わりだ。庭のど真ん中で正門を遮るようにもなっていて、これは風水的にあまりよいとはいえない。
「入り口に石あり、口に言い難し。この井戸の配置は見事だわ」
 阮白潔(ルアンバイジエ)はそう言いながら、笑顔を見せる。目尻が下がったその顔つきは、ことのほか美しかった。
「へえ? 君は風水まで分かるのか?」
「家族がそういう仕事をしていて、ちょっとかじったのよ」
 阮白潔(ルアンバイジエ)は斜めに林秋石(リンチウシー)を見ながら、続けて尋ねる。
「あなたはどんな仕事してるの?」
「デザインを……」
「なるほど。でも頭は禿(は)げてないわね。まだそれほど長くやってないでしょ」
「……」
 無理に褒めなくても。
「じゃあ、私は何の仕事をしているか、当ててみて」
 阮白潔(ルアンバイジエ)は髪をかき上げながら言った。
「モデルさん?」
 林秋石(リンチウシー)は、阮白潔(ルアンバイジエ)のように背が高く、スタイル抜群で気品もある女性にそうそう出会ったことがなかった。胸が小さいこと以外に欠点はなさそうだ。
「違いまーす」
 阮白潔(ルアンバイジエ)はにこにこしながら続ける。
「占い師でしたー」
 林秋石(リンチウシー)は一瞬ぽかんとした。
「占ってみましょうか」
 阮白潔(ルアンバイジエ)は何か数えるような仕草で素早く指を動かす。
「今日は月がまん丸だから、誰か死ぬかも」
 林秋石(リンチウシー)は泣いていいのか笑っていいのか分からなかった。
「何だそれ。どうして満月だと人が死ぬんだよ」
 林秋石(リンチウシー)の言葉を無視して庭のほうへ歩き出した阮白潔(ルアンバイジエ)は、彼に手招きをした。その行動に驚かされた林秋石(リンチウシー)は声をかける。
「何しに行くんだ? こんな夜中に……」
「井戸が見たいのよ」
「明日の昼間にしようよ、今は危ない」
 林秋石(リンチウシー)はそう言いながらも、何かあっては大変と、阮白潔(ルアンバイジエ)を追いかけて庭のほうへと向かった。
 白いロングスカートを穿いた阮白潔(ルアンバイジエ)が雪の中を軽やかに歩く姿は、まるで妖精のようだ。ゆっくりと井戸に近づいていったが、身を乗り出したりはせず、林秋石(リンチウシー)が来るのを待っている。
「どうした?」
「別に。急に見たくなくなったの。戻りましょう」
 林秋石(リンチウシー)は困惑した。
「どうして急に戻るんだ?」
「寒すぎるわ。凍えそう」
 そう言うと、阮白潔(ルアンバイジエ)は自然に林秋石(リンチウシー)の腕をとり、そのまま強引に屋敷の中に連れ戻した。
 林秋石(リンチウシー)は阮白潔(ルアンバイジエ)に引っ張られながら、その力が振り払えないほど、とてつもなく強いことに気づく。
「阮白潔(ルアンバイジエ)?」
 驚かされた林秋石(リンチウシー)が声をかけると、阮白潔(ルアンバイジエ)はようやく手を離した。
「行こ。寒いから早く戻りましょう。まだ少し眠れるし……」
 そう言い残すと、それ以上林秋石(リンチウシー)を構わずにそのまま階段を上がって部屋に戻っていった。
 林秋石(リンチウシー)も阮白潔(ルアンバイジエ)を追って二階の部屋に戻るしかないが、幸いなことに、さっきの恐ろしい女の姿は消えていた。窓が開け放たれ、冷たい風がヒューヒューと吹き込んでいる。
 阮白潔(ルアンバイジエ)はベッドに入って目を閉じた。間もなく眠りにつきそうだ。
 林秋石(リンチウシー)はどうしても眠れず、再び灯油ランプに火を灯して、夜を明かすことにした。ここの夜は恐ろしいほど長い。屋敷の外では風と雪が吹きすさび、中では美しい女性がぐっすりと眠っている。阮白潔(ルアンバイジエ)は初めて会った男と同じベッドで寝ているというのに、全く警戒していないようだ。呼吸は乱れず、白い頬にほんのり赤みがさして、とりわけ魅力的に見える。
 林秋石(リンチウシー)は一瞥するとすぐに目をそらした。据え膳に動じぬ聖人君子などではないが、人の隙につけ込む卑怯者でもない。
 次の日、八時頃になってようやく空の端に朝日が現れた。
 一晩中降り続いた雪で、外には一面の銀世界が広がる。
 阮白潔(ルアンバイジエ)は唸りながら目を開けて、片方の腕を伸ばすと、すぐにその腕を引っ込めた。
「寒っ……」
 昨夜(ゆうべ)、井戸を見に行こうとした時はそんなこと言わなかったくせに。彼女の様子を見た林秋石(リンチウシー)はそう思った。
 阮白潔(ルアンバイジエ)が声をかける。
「秋石(チウシー)、何着か服を探してきてくれない? 私、スカート穿いてるだけだから……寒すぎるの」
「分かった」
 実は、林秋石(リンチウシー)も服を探しに行くつもりだった。何しろ、もともといた世界はまだ真夏だったのだから。
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(C)『死亡万花筒』/西子緒/晋江文学城
(C)Sony Music Solutions Inc.

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■イントロダクション
林秋石(リンチウシー)が目にしたのは、見知らぬ長い通路と、そこに並ぶ12枚の鉄の扉。その先には、狂気と恐怖が支配する異世界での生死を賭けた試練が待っていた。
扉の中の世界で邂逅した阮南燭(ルアンナンジュー)とともに「扉」の法則を探り、生存の糸口を追う。
虚実、怪異、伝承、策略、復讐と、無数の要素が絡み合う深淵で、更なる謎に挑みつつ、心の奥底に潜む感情が狂おしくも切なく波打つ……。

■ストーリー
第1巻
ある日突然、「扉」の世界に迷い込んだ林秋石(リンチウシー)。
そこは死の淵に立つ者だけが辿り着く場所。12の扉を突破すれば新たな命が与えられるが、失敗すれば現実世界で即座に死を迎える。
最初の扉は女怪が跋扈する雪村。理不尽な死の影に怯えつつも、聡明な美女・阮白潔(ルアンバイジエ)の導きで謎を解き、生還のための扉と鍵を見つけ出す。
現実世界に戻った林秋石を待っていたのは、白潔の正体が扉攻略組織「黒曜石」を率いる青年・阮南燭(ルアンナンジュー)であるという衝撃。阮南燭の危うさに翻弄されながらも、恐怖の禁忌(タブー)が支配する異世界へ次々と入っていく――。

■商品情報
発売日:2026年2月14日(土)頃
作者:西子緒
発行・発売:株式会社ソニー・ミュージックソリューションズ

●小説「死亡万華鏡」第1巻【通常版】(しぼうまんげきょう)
定価:¥2,486(本体価格¥2,260+税)

●小説「死亡万華鏡」第1巻【特装版】(しぼうまんげきょう)
定価:¥4,950(本体価格¥4,500+税)
―― 特典として、描き下ろしイラストのアクリルスタンド2種が付く豪華特装版。

※通常版は一般流通、特装版はアニメイトとステラワースのみでの販売となります。
※特装版は数量に限りがございます。

■法人特典
小説「死亡万華鏡」第1巻 通常版・特装版 共通
●ステラワース=缶マグネット
●アニメイト=フォトカード
※数量には限りがございます。

■販売情報
●ステラワース
小説「死亡万華鏡」第1巻【通常版】(しぼうまんげきょう)/法人特典付
https://www.stellaworth.co.jp/shop/item_list.php?category_id=&kw=109565

小説「死亡万華鏡」第1巻【特装版】(しぼうまんげきょう)/法人特典付
https://www.stellaworth.co.jp/shop/item_list.php?category_id=&kw=109564

●アニメイト
小説「死亡万華鏡」第1巻【通常版】(しぼうまんげきょう)/法人特典付
https://www.animate-onlineshop.jp/pn/pd/3263850/

小説「死亡万華鏡」第1巻【特装版】(しぼうまんげきょう)/法人特典付
https://www.animate-onlineshop.jp/pn/pd/3263851/

■関連する公式サイト&公式X
ソニー・ミュージックソリューションズ配給作品 の公式サイト(ASIALL):https://asiall.jp/
本作に関するXでの公式情報発信(ゆるゆる配給漫筆):https://x.com/yuruyurumai?s=20